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sage

  • [159]
  • 雑文55 通巻NO.137

  • 投稿者:男の隠れ家 我楽多亭オーナー(コロちゃん)
  • 投稿日:2016年 7月23日(土)10時22分18秒
  • 返信
 
3週間のご無沙汰で~す。

先日 イスラエルから帰国しやした。
今回 イスラエル旅行記の第一弾! 観光ハイライト編としてご報告します。


◆◆◆ ◆ ◆  ◆ 出発の前日に準備 ◆  ◆ ◆ ◆◆◆

仕事で暇がなく、出発の前日に旅行の準備。以前エジプト旅行で、現地に
アルコールを売っておらずあわてた。コロちゃんは、お酒がないと禁断症状に
なる。紙パックの日本酒10個、ビールの小瓶4本、つまみ等々。。
デジカメ3台、ビデオカメラ。おっととと命の次に大事なパスポート忘れるところだった。
図書館で、地球の歩き方「イスラエル」と「ヨルダン」を借りる。



◆◆◆ ◆ ◆  ◆ イスラエルとは・・・ ◆  ◆ ◆ ◆◆◆

イスラエルの簡単な概要。
イギリスによる委任統治期間が終了後、1948年5月14日に独立宣言が行われた。
国土は、四国より少し大きい。人口約740万人、ユダヤ人(ユダヤ教徒)が多数。
首都エルサレムだが、国際的には認められておらず、各国の大使館は、テルアビブにある。

緯度は、日本とほぼ同位置。気温は日本より少し高め。南北に長く、北は比較的雨が
多いが、南はほとんど雨が降らず砂漠が大半を占める。

国土内に、パレスチナ自治区、パレスチナへの移行予定地区、南北に流れるヨルダン川に
沿ってヨルダン国との緩衝地帯がある。この緩衝地帯には、地雷が埋まっている。



◆◆ ◆  ◆  ◆  ◆ さあ 出発 !  ◆  ◆  ◆  ◆◆◆

今回は、奥方は同行せず、ブルガリア・ルーマニア旅行で親しくなった方と成田空港で合流。
先ず、ラウンジで生ビールごくり。さあ出発! 夜エミレーツ航空でドバイに向かう。
9時間の搭乗で、食事2回。ドリンクサービスで、ビール2杯、ウイスキーの水割り、
ジントニックを飲みぐっすり睡眠。

ドバイ到着。ヨルダン・アンマン向けの便は4時間後。エミレーツ航空からビュフエ券が
発行され、ドバイ空港内でサンドウィッチ、ポテトチップス、珈琲サービスを受ける。
ようやく、アンマン向け飛行機に搭乗、食事が1回出て、3時間後アンマンに到着。



◆◆◆ ◆ ◆  ◆ イスラエル入国手続きで、えらい目にあう! ◆  ◆ ◆◆◆◆

日本からイスラエルまでの直行便はない。今回は、ヨルダン経由でイスラエルに入る。
バスで1時間後、イスラエル国境に到着。検問所は厳重な警備が敷かれている。小高い丘に
見張り小屋も見える。【写真①】
入国手続きに4時間かかる。我々はバスのなかで待機。そのバスのエアコンが壊れていて蒸し
風呂状態。バスの外に出たら、機関銃で撃たれそうな異様な雰囲気。イスラエルは、
テロの防御が厳しい、安全な国だと実感。
手続き終了し、漸くイスラエルに入国。周りは砂漠。【写真②】



◆◆◆ ◆  ◆  ◆ お目当て① 死海でプカプカ浮かぶ  ◆  ◆  ◆ ◆◆◆

イスラエル入国後、1時間で旅のお目当ての一つ、死海に到着。
死海は、海面下420メートルと世界で最も低地にある塩水湖。塩分含有量が通常の
10倍の約33パーセントなので、海に浮かび新聞を読めた。【写真③】
塩の味は、超にがい。



◆◆◆ ◆ ◆  ◆ お目当て② エルサレム嘆きの壁で大いに嘆く  ◆  ◆ ◆ ◆◆◆

かつて、ユダヤ教の神殿が立っていたが、崩壊され唯一嘆きの壁と言われる部分が残った。
1948年からヨルダンの支配下におかれ、ユダヤ人は、この壁に近づくことができなかったが、
1967年6月7日の6日間戦争で1900年間の悲願がかなえられ、ユダヤ人が自由に壁に
触れることができる事となる。神殿の再建とメシアの来臨を壁に向かって祈る。【写真④】



◆◆◆ ◆  ◆  ◆ お目当て③ 最期の晩餐の部屋を訪れる  ◆  ◆  ◆ ◆◆◆

エルサレム旧市街にあるダビデ王の墓の近くに、イエスが処刑の前の晩に弟子たちを集めて
最後の晩餐をおこなった言われる、部屋がある。【写真⑤】
読者の皆様は、【写真⑥】のレオナルド・ダビンチが描いた「最後の晩餐」と全然違うと
お気づきでしょう。
実際は、【写真⑤】のテーブルもない殺風景な場所で、全員床に足を投げ出して。最後のひと時を
過ごしたのです。
レオナルド・ダビンチは現場を確認せず、想像で描いた。


米イスラエル旅行記の第2弾エピソード編(仮題)を予定。